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《124》両手でハンドル握るには 国内の手動運転装置事情

  • 樋口彩夏
  • 2018年1月29日
  • 読了時間: 6分

更新日:2024年5月18日

自動車の運転といえば、両手でハンドルを握り、アクセル・ブレーキを足で操作をするのが一般的ですが、身体の不自由な人 が同じように運転をするのは難しいかもしれません。けれども、障害を補い運転を補助する装置を使うことによって、普通に運転をすることができるようになります。足が動かない車いすユーザーの私も、運転補助装置の恩恵を受けている一人です。


昨春、小児がんの晩期合併症によって骨盤を骨折した私は、車いすの開閉動作ができなくなり自動車の買い替えを余儀なくされました。車いすを積み降ろすための装置は読者の皆さまのお力も借りながら製作に向け試行錯誤しているところですが、私が自動車を 運転するために欠かせない道具がもうひとつあります。「手動運転装置」とは、アクセル・ブレーキペダルを足で踏むことができない人のための装置で、名前のとおり、その操作を手で行えるようにするものです。なんといっても、これがないと始まりません。もちろん、以前の自動車にも付けていました(スウェーデン製)。しかし、いくつかの不都合を抱えていたのです。


手動運転装置の仕組みは、床から立ち上がったレバーを手前に引くとアクセル、奥に押すとブレーキ、これは左手の仕事です。そして、右手はハンドルを操作するといった具合で運転をするのが一般的な仕様となっています。この状態だと常に片手ハンドルだし、両手の支持がなく体幹だけで座位を保っていることになります。度重なる骨盤骨折で体幹が弱っている私には、日々辛くなってきていました。それが顕著なのは、カーブのときです。横Gに逆らうように体幹を維持しながら片手でハンドルを回すのは、若干の不安を伴います。今まで使っていたものを移設することもできたけれど、これから加齢によって身体機能が低下していくことや再び骨折するリスク等を考えると、このタイミングで手動運転装置も見直そうと思い至りました。



「体幹の支持を得られる運転姿勢がとれる」という観点から選んだ手動運転装置は、今までのものとは全く操作性が異なります(イタリア製)。大きな違いは、ハンドルを両手で握れるようになった点です。ハンドルの裏に取り付けられた同じ径のアクセルリング を回すことによってアクセル開度を調整し、ブレーキレバーもハンドル周りで操作できるように設計されているため、両手ハンドルが実現しました。このことによって、カーブだけでなく直進時の安定性も向上したように思います。当初の目的だった「体幹保持」にも大いに役立つ結果となりました。


また、この手動運転装置には、開発秘話があります。そのきっかけは、1970年代に活躍した元F1ドライバーにありました。 スイス人のクレイ・レガツォーニ氏は1970年、赤と白に塗られたフェラーリでF1デビューを果たします。マシンの形状がめまぐるしく変化し車両特性も大きく異なる激動の年代でコンスタントに活躍し、バイタリティがありながらも堅実な走りを見せていました。


着実に成果をあげる中、事件が起こります。1980年、アメリカ・カリフォルニア州太平洋沿いにあるロングビーチ市街地コースで行われたアメリカ西グランプリでのことでした。レース中にクラッシュした彼は機転の効いた衝撃回避によって一命を取り留めたものの、下半身不随となり車いす生活を強いられることになります。このとき、「キミは足 が動かないんだろう? 運転できるわけないじゃないか」と言われたレガツォーニ氏は、 これに猛反発。「足さえ動きさえすればいいのなら、サルでも運転できるってこと か!?」と奮起し、 フィアットと共に身体障害者用の運転補助装置を開発してしまったというのだから驚きです。



一方で日本の運転補助装置市場へ目を転じると、大手2社がほとんどのシェアを占めている現状があります。私の友好範囲の中だけで計算してみると、93%にものぼりました。これが他の選択肢も平等に認知された上での数字なら、なにも言うことはありません。けれども、実情はそうではなく、福祉系の相談窓口や福祉車両を扱う自動車メーカー など、どこに相談してもこの2社の情報しか得られないと言っても過言ではないほど、情報にも偏りが生じています。車が好きだったり、よほど熱心に探したり、私も含めマニアックな人は別にして、一般的なユーザーに他の選択肢が広く周知されているとは到底言えません。


また、この2社の製品ラインナップで多様なニーズがカバーされているかというと、それも否と言えるでしょう。国内の手動運転装置は、自動車1台につき1手動装置が原則です。自動車を乗り換える際、手動装置がまだまだ使用できる状況でも、それは廃棄となり新たに新品を購入しなければなりません。その一方で海外では、手動装置を移設して継続利用するのが一般的で、乗せ替えを前提とした製品設計がなされています。そして、今回私が選んだような「両手でハンドルを握ることができるタイプ」の手動装置も国内メーカ ーには取り扱いのない機構でした。


日本のメーカーも外国のメーカーも、それぞれに良いところを持ち合わせています。障害が違えば、補助装置に対するニーズが異なるのも当然です。重要なのは「選択肢がある」ということと同時に、必要としている人に「その情報が届く」ことなのではないでしょうか。今回の手動運転装置との出会いは、2年前の国際福祉機器展(東京)でした。電動車いすを選ぶための上京で、閉館間際に「かっこいい!」と一目惚れ、いつか乗りたい なぁと記憶の片隅に置いていたものです。時を経て私のニーズも変化し、必要にかられて購入に至りましたが、きっと長年アンテナを張りつづけた情報の蓄積がなければ、この製品にはたどり着けなかったことでしょう。


障害によってできることに制約があったとしても、工夫次第でいかようにもなるもので す。生活を豊かにするために福祉機器を選ぶ、そんな前向きな捉え方があってもよいのかもしれません。


イラスト・ふくいのりこ 



<アピタル:彩夏の〝みんなに笑顔を〟>

http://www.asahi.com/apital/column/ayaka/ (アピタル・樋口彩夏)

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