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《22》 家族ために精一杯の演奏

  • 樋口彩夏
  • 2013年6月24日
  • 読了時間: 4分

8月4日 月曜日のつづき。

午後からは、地元のお祭りに 部活で出ることになっています。

マーチングを披露するのですが、本番まで あと5時間。

朝起きて 立ち上がろうとした私は、崩れ落ちるように倒れ、立てなくなっていました。

葛藤の末、「今日はステージに立てません」という電話をしたところ、顧問に一喝され、「行きます」と言ってしまった。

本番 直前に入ると言ったものの、どうなるのだろうか・・・。

ギリギリまで身体を休め、ときどき立てるか試してみる・・・というのを 幾度かくり返し、午後いちのステージに備えます。

でも、立つこともできない この状態で部活に行こうとする私に、母は大反対。

「そんなに無理して 身体がどうかなったら、どうするの? 休みなさい」

しかし、私は「今日 行かなかったら、一生 後悔すると思う。やれるだけ やってみる。」と言って、母の反対を押し切ったそう。

私は覚えていなかったけれど、ここまで強い口調で言い切るのは珍しかったので、母の印象に残っていたようです。

今 思えば、このとき 第6感のようなものが働いて、なにかを感じとっていたのかもしれません。

なんとか歩けるまでに回復したので 衣装に着替え、自転車を飛ばし、みんなのいる練習場所へ。

最後に、本番どおりに演奏をする 通し練習から合流し、あっという間に出番がやってきました。

このお祭りは「水の祭典」といって、久留米の片側3車線のメインストリートを丸一日 封鎖し、歩行者天国にして行われます。

昼は、久留米が誇るブリヂストン吹奏楽団の演奏を皮切りに、メインストリートでのパレード。

幼稚園児からご高齢の方まで さまざまな年齢層の方が、部活動や趣味の習い事などの成果を披露して歩きます。

それと並行して、数カ所に点在するステージでも 各団体の出し物が披露されています。

夜は、一万人のそろばん踊りと、街をあげての一大イベント。

今まではパレードに出ていましたが、マーチングを始めたので 今年はステージ演奏での出演です。

路上ステージだったので、正面・左右の3方をお客さんに囲まれるなか

 ・サモン・ザ・ヒーロー

 ・アメージング・グレイス

 ・学園天国

と、順調に演奏がすすみます。

さっきまで、まともに歩くことさえできなかった身体が 嘘のよう。ちゃんと動いてくれています。

しかし、それとは裏腹に 冷や汗タラタラ。

私のなかでは、不思議な感覚と時間が流れていました。

今まで あれだけ痛くて しびれていたはずなのに、みじんも感じなくなっていたのです。

それに、太鼓の重さも。もった瞬間、あれ?こんなに軽かったっけ!?と妙な感じ。

さらに、自分の足で立っている感覚もなければ、歩いている感覚もありません。

まるで、他の人の下半身のうえに乗っかり、見えない糸で操られているかのようでした。

自分の身体なのに 自分のものではないみたい。なにかに導かれて動いているような感じです。

みんなと同じ空間にいるはずなのに、ひとり切り離されているような、でも一緒に演奏をしている・・・。

そんな不思議な感覚でした。

そして、時間の流れもゆったり。

お客さんの顔がよく見えます。

でも、一番に目が留まったのは、弟。 そして、母。

“こうやってステージに立てるのは、今日が最後だろう。”

そんな予感がしていた私は、“最後は 家族のために 演奏をしたい”、そう想いながら演奏をしていました。

最後の曲・学園天国では、パーカッションのスネア(小太鼓)ソロと私の担当しているテナードラムソロがあります。

スネアはキレのある連打でかっこいいし、テナーは腕を交差させたりして いくつもの太鼓をたたく、という見せ場。

気づけば 弟と母がいる場所のすぐ近くに立っていました。

母の反対を押し切って家を出てきた手前、ばつが悪く、母の目を見ることはできませんでしたが、弟にはたまに視線を送っていました。

この1週間 痛みと恐怖に苛まれる私を、自身が寝不足になるのも顧みずに なぐさめてくれた。2人の支えがあったからこそ、私はこのステージに立つことができたのです。

ありがとう の気持ちと、きっと最後になるであろう —自分の足で立ち 楽器をかかえて演奏する— その姿を見てほしい、その2つの想いをのせて そのときにできる精一杯の演奏をしました。

気づいてくれたかどうか分からないけれど、伝わっているといいなぁ。

お客さんの温かい拍手で幕をとじ、ステージをあとにします。

それから どうやって家に帰ったのか、後片付けはしたのか、など全く記憶がありませんが、それでも 最後までやり遂げました。

当時の私に ひとこと言葉をかけるとしたら、「よくやった。おつかれさま。」と労いの言葉をかけるでしょう。

目に見えない何かが そう感じさせたように、これが 私にとって最後のステージとなります・・・。

つづく・・・。

イラスト:ふくいのりこ 


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