《28》 あの時から10年がたちました
- 樋口彩夏
- 2013年8月8日
- 読了時間: 4分
10年後――。
つらい治療とそれよりも数倍つらかった真っ黒な時間をのりこえた私。
10年の歳月を経て、すこし、いいえ、大きく成長しました。
発病当時は、一生懸命やっていた部活動を突然断ち切られたことで、治療の意義すら見出せない時期も。
すべてが無駄になってしまったかのような喪失感に襲われました。
でも、人生において、無駄なことなんてひとつもない。
幸せな時間も、光を見失って立ち止まっていた時間も、たくさんの苦労も、すべてが今につながっている。
過去のどの部分が欠けても、今の私はいないのです。
だから、すべてに感謝し、“今”を生きることの大切さを私は学びました。
2013年 5月24日 金曜日
仕事を終え、自宅で夕食を食べていたとき。(参照:「《20》強いしびれと痛さに恐怖を覚えた」)
テレビに映るのは、3人組の男性音楽グループ・ファンキーモンキーベイビーズ(ファンモン)。
解散を目前に控えたファンモンが、音楽番組に出演する最後のステージになるとのこと。
最初はなんとなく観ていたのですが、ファンモンが全力で駆け抜けてきたであろう10年を想うと、気づけばぽろぽろと涙がこぼれ落ちていました。
私は、突然、病気になったことで、部活動を中途半端なまま終わらざるを得ませんでした。
一生懸命やっていただけに、きれいに終わることができず無念でなりません。
今では、“それはそれ”と割り切れますが、ほかの人にはこんなに悔しい想いをしてほしくありません。
部活や仕事、芸能活動など、なんでもいいけれど、それぞれが情熱をかたむけたモノや時間は、かけがえのないものです。
その終わりは、きれいであってほしい。
そして、当人において悔いのない終わり方をしてほしい、と心から想うのです。
テレビに映るのは、最高のパフォーマンスを!とありったけの力で最後のステージに立つファンモン。
そんな想いを胸にテレビを観ているものだから、最後を思いっきり楽しんでいる姿が自分のことのように嬉しく思えて、うれし涙が頬をつたいます。
“今まで、いくつもの困難をのりこえて今があるんだろうなぁ。
たくさんのファンに囲まれた最後をむかえられて、本当によかった。”
特別、ファンモンのファンではなかったけれど、この時ばかりは昔からのファンのような気持ちで観ていました。
2013年 8月4日 日曜日
この日は、中学2年生だった私が救急車で運ばれた日から10年が経った、節目の日。
医療者は「治療後○年」と数えることが多いですが、病気をした本人や家族にとっては、病気が分かった日から生活がガラリと変わるのです。
だから、私は、「治療後○年」ではなく、「発病後○年」で数えたい。
治療や移植などいくつもの節目がある中でも、この8月4日は特別な日です。
今年も、地元のお祭り・水の祭典が行われました。(参照:「《22》家族のために精一杯の演奏」)
このステージ演奏に立った日を最後に歩けなくなった私は、ずっとこのお祭りを避けていました。
“気持ちの整理がつかない”というのを言い訳に、考えることさえ放置していたのかもしれません。
でも、今年は違いました。
10年の歳月を経て、ようやく、まっすぐな気持ちで水の祭典へ行くことができたのです。
“長かった———。”
ここまで来るのに、本当に長い長い時間がかかりました。
私が不器用なだけかもしれないけれど、やっと乗り越えられた気がします。
これもひとえに、両親や弟など家族をはじめ、多くの方が支えてくださったおかげです。
この日の夜、母と、祝・10年をささやかに祝いました。
1 と 0 のろうそくを小さなガトーショコラに立てて――。
苦くて濃厚な10年を物語るような味が口いっぱいに広がります。
《20》から《28》を書き終えて・・・。
今回、「テレビでファンモンを観て、泣いた。」というお話を2回に分けて書く予定が、いつの間にか9回にわたる長編に。
《22》くらいからは、収拾が付かなくなりそうでヒヤヒヤしながら書いていました。
この回の原稿を書いたのは、偶然にも、8月4日と5日。
まさか、10年の節目の日に、このようなかたちで今までを振り返るとは思ってもいませんでした。
プライベートな話をダラダラと書きましたが、おかげさまで、発病当時の自分と向き合うことができました。
読んでくださったみなさま、ありがとうございます。
また、マイペースに書いていきます(^^)

イラスト:ふくいのりこ
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