《35》 車いすは、想像以上に大切!
- 樋口彩夏
- 2013年10月15日
- 読了時間: 5分
《33》では、車いすを購入する際における助成金の概要について
《34》では、車いすメーカーに勤めていた男性のお話から、助成金の出る車いす販売業者になるまでの奮闘を書いてきました。
でも、これって、市場拡大のための営業であり、車いす購入時の選択肢が増えただけのようにも受けとれます。
しかし、今回挙げているのは、車いす。
それも、重度の下肢障害で“まったく歩くことができない人”にとっての車いすです。
近所に新しいスーパーができたから、しょう油の種類が増えた♪
別の家電量販店がオープンしたから、価格の比較対象が増えた♪
などなど、だれの生活の中にもある“選択肢が増えた”とは、ちょっと事情が違います。
歩けない人が生きていくうえで、車いすはなくてはならないもの。
朝起きてベッドから出て・・・顔を洗う、食卓に行く、シャワーを浴びる――。
何をするにも車いすがなければ、床を這って移動するしかありません。
たとえば、洗面所で顔を洗うとき。もし、車いすがなかったら・・・。
這ってたどり着いたのはいいけれど、床に座った状態では、いくら手を伸ばしても蛇口には手が届きません。
かろうじて水を出せても、顔を洗うのはむずかしいでしょう。
せいぜい、手についた水で顔をぬらす程度にしかすぎません。
文字通り“洗う”となったら、あらかじめ椅子を置いておき、床からそれに座り直すなど、ひと工夫する必要があります。
でも、その椅子はどうやって運びますか?
家族と一緒に住んでいれば手伝ってもらえるけれど、ひとりで暮らしていたら・・・。
腰に結びつけたひもで、椅子を引っ張りながら運ぶ――そんなの、どう考えても現実的ではありません。
仮に家の中は這って生活をするとしても、一歩、外に出たら、危険がいっぱい。
道はデコボコしているし、なにが落ちているかも分からない。
両足の麻痺した人が床を這うということは、手でお尻をうかしながらすこしずつ進むということ。
それは、まったく動かない足をひきずりながらの移動になるのです。
ちょっと移動するだけで、手も足もお尻も傷だらけになることでしょう。
麻痺していて、筋肉も脂肪もついていない骨張ったお尻に、床ずれができるのは必至。
そんな危険すぎる生活なんて、想像するだけでも恐ろしい。
私たちのように歩けない人の生活は、車いすがあるからこそ成り立っている。
それくらい、大切な大切なものなのです。
このように、身体の一部とも言える車いす。
みなさんは車いすと聞いて、どのようなものを思い浮かべますか?
おそらく、病院にあるような、どれも同じカタチの車いすをご想像になる方が多いのではないでしょうか。
ご高齢の方や病気・怪我などで一時的に歩くのが不自由な方のように、みじかい距離なら歩けるけれど長い距離はちょっと・・・という方であれば、そういう車いすでも支障はないはず。
しかし、常に車いすを必要とする人の場合、そういう訳にはいきません。
障害の違いはもちろん、人の体格や生活スタイルがさまざまなように、使う人に合わせた車いすが必要なのです。
まず、障害に合わせた工夫として、
・手を動かせて自分の力でこげる人には、こぎやすい造りをした車いす。
・指や口・顎、足など、一部なら動かせるという人には、できる動きだけで操作ができるような車いす。
・姿勢の変形などのために自力で体勢を維持できない人には、身体を支える工夫をした車いす。
・長時間、同じ姿勢をとることが難しい人には、姿勢が換えられるような車いす。
上記に挙げたのは、ほんの一例ですが、いくつかの機能を組み合わせる必要がある場合も少なくありません。
そして、車いす選びには、生活スタイルも大きく関わってきます。
それについては、私が乗っている外出用車いす・パルカを例に挙げて、次回以降にご紹介したいと思います。
障害に合わせた工夫だけをとっても、実にさまざまなニーズがあります。
それに加え、機能だけでなく、丈夫であることや安全性をも求められるのです。
それぞれに高い技術が必要であるため、多様なニーズをひとつの業者でまかなうには限界がある。
だからこそ、“多くの選択肢”が必要なのです。
それは、障害者が“生きる”ことに直接かかわってくる、とても重要なこと。
今でこそ、選べるのが当たり前な環境にありますが、昔はそうではなかった――
Xさんのお話を聞いて、自分がどれだけ幸せな時代に生きているか、ということに気付かされたのでした。
見方によっては、数ある業者のひとつに認可がおりたに過ぎない、という言い方もできるかもしれません。
でも、それは、とても重要で大きな一歩だと思います。
Xさんをはじめ、チームのみなさんが、口をそろえておっしゃるのは、
「自分はたいした事はしていない。先輩の存在があったから、ここまで来られたんだよ」、ということ。
はじめてお会いした方が多かった中にひとり、普段からお世話になっている方がいました。
その男性も、干支が二まわり以上の歳がはなれていて、私にとっては大先輩。
その方が尊敬する先輩をまえに前出のことをおっしゃる姿は、普段とはちがう表情でとても印象に残っています。
そして、「今度は自分たちが、若い人たちのために道を創っていくんだ。そうやって世代交代をしながら循環してほしい。」と、みなさんは言葉を続けました。
先輩方の熱い想いと努力が創り上げた今であることを、深く胸に刻みたい。
そして、それに対する感謝の気持ちを、いつまでも持ち続けたいと思いました。
そのうえで、これからの未来がより良いものになるよう、真剣に考えて行動していきたい——。
そんな風に思ったのでした。
最近、人間として“かっこいい大人”の方に出会う機会がたくさんあります。
心から尊敬できる人がいることって、しあわせだなぁ♪

イラスト:ふくいのりこ
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