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《34》 認可への階段

  • 樋口彩夏
  • 2013年10月8日
  • 読了時間: 5分

10月も2週目に入りました。

みなさんがお住まいの地域は、すこし過ごしやすくなったでしょうか?

前回、車いすを購入する際には助成金というのがあって、こういう仕組みです、とおおまかな概要を書きました。

それを踏まえて、車いすメーカーに勤めていたXさんのお話です。

「X氏、助成金交付対象業者・認可までの道」

時をさかのぼること33年。九州でのできごとです。

大平正芳内閣のハプニング解散から鈴木善幸内閣になった、1980年(昭和55年)。

長嶋茂雄や王貞治、山口百恵が引退し、竹の子族やなめ猫、ルービックキューブが流行った年。

車いすメーカーに勤める30代男性、X氏がいた。

彼自身も、車いすに乗って生活をしている。

九州支社の創業にあたって、目下奮闘中だ。

最近の主な業務は、九州各県ならびに地方自治体から、助成金交付対象業者の認可をもらうこと。

それがないことには、実質、車いすの販売ができないと言っても過言ではない。

すこしでも早くたくさんの認可を得ようと、昼夜を問わず、九州各地で車を走らせる日々を送っていた。

高速道路の整備も過渡期であることから、どこへ行くにも今とは比べものにならないほどの時間を要することは明らかである。

走行距離、年間7万km超。

例を挙げると、3日に1度、年120回、福岡―鹿児島間を往復するに等しい。

おおざっぱに計算しても、片道7時間30分、往復15時間。

訪問先で仕事をする時間を考えると、眠る時間はあったのだろうか。

相当な激務であったことは、想像に難くない。

そんな中でも、1カ所1カ所、自らの足を運んで得た“認可”は、きっと彼の背中を押してくれたことだろう。

着々と販売エリアを広げていく、X氏。

ひとつの行政機関が、彼の前に大きく立ちふさがった。

そこからの“認可”はとても重要なもの、なんとしても手に入れなければならない。

茨の5年間のはじまりである。

それは、担当部署からの門前払い同様の対応で幕を開けた。

「実績を出して、出直してください。」

認可をするか否かの判断材料として、過去の販売実績などを提出する必要がある。

だが、九州支社を立ち上げて間もないのだ。

そんなものを持ち合わせているわけがない。

他行政機関からは、本社の実績を参考資料として提示することで、難なく“認可”をもらっていた。

同じ組織、経営母体も同じなのだから、それでいいではないか。

しかし、そこは、唯一、首を縦に振ってはくれなかった。

「実績がない」――それは建前であって、実際のところは“認可”をおろしたくないのだろう。

それは、いくつかの特定の業者との仲の良さからも伺える。

時代も時代だ。

そういうことは、大なり小なり、どこの業界にも存在していることだろう。

ぞんざいな対応は、彼の使命感をいっそう奮い立たせたのだった。

もうひとつ、別の困難もあった。

その庁舎は、2階建て。担当部署も2階にある。

エレベーターがないので、そこへ行くすべは階段しかなかった。

彼は、胸から下が麻痺している。したがって、両足は全く動かすことができない。

だが、前へ進むしか道はない。

階段へ近づくと、彼は車いすから降りて床に座った。

腕の力だけで身体を持ち上げ、一段一段、お尻で階段を昇る決意をしたのだ。

階段に背を向け、動かない足を投げ出して座りなおす。

座っている段のひとつ上段に手をついた。

日頃から鍛えられた腕に力を込めて、お尻をグイッと持ち上げる。

そのまま斜めうしろ上方へ身体を押しやり、ドスン。

でも、まだ、動かない足が下段に取り残されていた。

おもむろに、手で足を引き寄せる。

これで、一段……。

いや、車いすが下段に置いたままであった。

2階に上がってからの移動のために、車いすも一緒に連れていかなければならないのだ。

そのため、折り畳まれた車いすは、持ち上げやすいように階段と平行にならべて置いておいた。

上体を前に倒して、車いすを自分のいる段へと引き上げる。

この際、前や後ろに身体が倒れてしまわないよう、細心の注意を払わなければならない。

なぜなら、障害のために腹筋や背筋がなく、身体のバランスをとることが難しいからだ。

多くの脊髄・頚随損傷者がそうであるように、彼もまた、ちょっと身体が傾くと容易に倒れてしまうのである。

X氏は、約15kgの車いすを上段へ抱え上げた。

これで、ようやく、一段昇ったことになる。

文字にするのは簡単だが、これがいかに大変なことか・・・・・・。

もし、私が彼の立場だったら―― そう考えるだけでも気が遠くなる。

X氏は、それを2階まで、数十段くり返したのだ。

彼が懸命に階段を昇っている横を、何人の職員がそしらぬ顔で通り過ぎていったのだろう。

きっと、無関心を装った好奇な眼差しが彼の背中に注がれていたに違いない。

彼の熱意を試すかのように現れた、階段という壁。

“認可”の2文字を追いかけて昇った先では、目に見えない事情を盾に拒まれたのだった。

この時、X氏の落胆たるや相当なものであっただろう。

また、1階まで降りていくことを考えると、とても見ていられたものではない。

だが、彼は強かった。

大変でしたね…… と言葉を詰まらせる私に、明るい調子でこう言った。

「いやぁ〜、そんなことないよ。私も、まだ若かったし。

あれくらいはっきり拒まれたら、よし、絶対に“認可”をとってやるって思えるものだ。」

そうやって、5年間――。

X氏は、そこへ通い詰め、念願の“認可”を摑みとったのだ。

イラスト:ふくいのりこ 


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