《52》 難しいけど大切な立場や心情を慮ること
- 樋口彩夏
- 2014年3月6日
- 読了時間: 5分
先日、とても嬉しいことがありました♪
中学生のときに患った病気の後遺症である腰痛の悪化がいちじるしく、めっきり動作が鈍くなった、今日この頃。
そんな私のどんより気分を吹き飛ばし、晴れやかにしてくれた出来事です。
2月17日、月曜日。
天気は、どしゃ降りの雨模様。
仕事を終えた私は、排尿管理の備品(カテーテルや注射器、表面麻酔薬、生理食塩水など)を調達するため、泌尿器科の夜間外来へ行く予定になっていました。
車に乗り込み、病棟へ電話をかけようと携帯電話を開いた、そのとき。
「あれ……、動かない……!?」
どうやら私のiPhoneさんはご機嫌ななめ、ちっとも言うことを聞いてくれません。
困った私は、職場から車で3分の場所にあるショッピングモールに、auが入っていることを思い出しました。
そこなら地下駐車場があるので、雨に濡れることもありません。
「お腹すいたなぁ〜」
独り言とともに、空腹具合の数値化を試みようとしたところで、目的地へ到着。
文房具店へ寄りたい衝動をおさえ、一目散にauショップへ向かいます。
(文房具見るの、好きなんです。何時間でも居られます。)
店員さんは、4人。
みなさん接客中だったので、展示されている携帯たちをいじりながら待つこと数分。
26歳から28歳くらいの女性店員さんが、対応をしてくださいました。
といっても、強制終了の後に起こしたら復活という、なんともあっさりとした結末です。
まぁ、iPhoneさんの機嫌が直ったのだから、めでたしめでたし。
気を取り直して病院へ向かおうと、出入口へ進みます。
この店舗の出入口は、自動ドア。
その手前には、白字でau背景がオレンジの、よくある絨毯風のマットが広げてありました。
私が出入口へさしかかると、先ほどの店員さんがスッと前へ出てきて、しゃがみ込みます。
何事だ!と疑問符がよぎるも、その行動を見て納得!
出入口の手前にあるマットを、車椅子が通りやすいようにめくってくれたのです。
「気の利いたお姉さんだなぁ」
笑顔でお礼を述べると、私はそそくさと去っていきました。
車へ向かう道すがら、ひとつの疑問が湧いてきました。
「お姉さんは、なぜ、あの行動をとったのだろう?」
その動機、その行動に至るまでの背景を知りたくなったのです。
「まだ、そう遠くへは行っていない。引き返そう!」
しかし、腰の痛みは一日のピークに達しています。
「でも、腰が痛いし、明日も仕事だからな……」
結局、病院へ行かなきゃ、お腹がすいたという感情らも手伝って、私は車へ向かいました。
後ろ髪を引かれながらも、車椅子を車へ積み込み、エンジンをかけます。
雨の降る地上へつながる坂を登りきり、道路へ出ると、病院への道を急ぎます。
赤信号にさしかったところで、「う〜ん、やっぱり気になる!!!」
腰痛と謎解きの間で煮え切らない自分にイライラしながらも、方向転換。
ふたたび、ショッピングモール内にあるauのお姉さんの元へ。
衝動的に、引き返していました。
それでも、なお、「あ〜、腰、痛い。やっぱり止めようかな…。でも……」。
ぐだぐだと思案する私をよそに、車は進んできます。
「着いちゃった。……よし、行くか!」
もう一度、車から降り、先ほど通ってきた道順をなぞるようにauへと歩を進めます。
車椅子をこぐたび痛みが増す腰に若干の後悔を抱きつつも、今度こそ疑問の答えを持ち帰ろうと意気込む私に、迷いはありません。
店内へ入ると先ほどの店員さんが、携帯に不具合があったのかと心配そうに駆け寄ってきました。
バリアフリーの好事例を調査している者と名乗り、例の質問をしてみます。
「先ほどは、ありがとうございました。
絨毯をめくってくださったご配慮、とても嬉しかったです。
車椅子にとって絨毯は、毛足にタイヤをとられて進みにくいのですが、それをご存知だったのでしょうか?
車椅子の人が身近にいるとか…?
差し支えなければ、あの行動の理由を聞かせていただけないでしょうか?」
店員さんは、それしきのことで引き返してきたのかと驚いていましたが、快く答えてくださいました。
「車椅子に乗った経験もなければ、身近にそういう人がいるわけでもありません。
以前、ベビーカーの小さいタイヤが、出入口のマットに引っかかっているのを見ました。
今日、お客さまの車椅子を見たとき、前輪が小さかったので、同じように引っかかるのではないか?と想像をした次第です。
それで、マットをめくらせていただきました。」
そう謙虚に答えた、店員さん。
その相手を思いやる力、想像をする力に、私は感心しました。
人は、往々にして、自分や直接の関わりがある、ごく狭い範囲にしか、関心が及ばないものです。
接客業とはいえ、ここまで人は優しくなれるのか。
その女性の行動は、衝撃的なものでした。
昨今、通信機器の普及から、SNS上での誹謗中傷・いじめが相次いでいます。
核家族化の傾向が顕著になる中で、ご近所や職場、さまざまな場面で人間関係の希薄さが目立っているようにも思います。
相手の立場や心情を慮る——。
それは、人として社会に生きていく上で、忘れてはならないことです。
しかし、とても難しいことかもしれません。
今回の店員さんがとった行動——出入口のマットをめくる。
これは、車椅子で絨毯を通る様子を想像したことから生まれた行動です。
しかも、的確な配慮でした。
それを、さりげなくスマートに行なったことも、相手に気を遣わせないようにと考えた末の行動だと想像します。
殺伐としていると言われる、現代。
超高齢化社会によってバリアフリーが求められている、現代。
“想像力”を見直すことが、ひとつの突破口となりうるかもしれません。

イラスト:ふくいのりこ




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