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《60》 ずっとずっと温かくて活気のある場所

  • 樋口彩夏
  • 2014年5月10日
  • 読了時間: 5分

前回で書いたように、以前の私は、杓子定規でタテ割りな役所の対応に不満を持っていました。

しかし、入退院ばかりをくり返していた私が不満を抱くには、あまりにも社会を知らなすぎました。

お役所事情を学ぼうと、行政の中で働きはじめて1年。

まだまだ行政パーソンとしてはヒヨッコだけれど、役所に対する見方は大きく変わりました。

かつての私に、伝えたいことがあります。

「役所の人も、市民・県民・国民を想って、一生懸命に働いている。

 疎ましく思える、杓子定規でタテ割りな対応にも、それなりの理由があったんだ」

全体の奉仕者であれ――。

行政機関で働く公務員に求められていることは、この一文に集約されているように思います。

一部の人の利益ではなく、公共の利益のために、職務を遂行しなければなりません。

市町村・都道府県・国、それぞれの単位における、すべての人に、一定の生活を担保すべく存在しています。

そう考えたとき、〝目の前にいる人の幸せ=すべての人の幸せ〟であるとは限りません。

また、使える財源や資源には限りがあります。

それらが国民の血税からまかなわれていることは、周知の事実でしょう。

効率的かつ最大限に活用するためには、ある一定の基準を設けて、必要性を見極めることが重要となります。

そうすると、どうしても杓子定規な対応にならざるを得ないのです。

それもこれも、全体の生活を守るためです。

役所は融通が利かないとよく言われますが、その都度、融通を利かせていたら、そこは破綻してしまいます。

求められるままに、際限なく、という訳にはいきません。

すべての人の生活を一定のレベルで守るためには、目の前の人に対して、心を鬼にしなければならない時が多々あります。

目の前にいる人が憎くて、お固い対応をしている訳では、決して、決してありません。

すべては、市民・県民・国民における、将来の幸せを見据えるがゆえの行動なのです。

タテ割りなのにも、理由がありました。

行政機関が関わる業務は、実に広い範囲へ及んでいます。

すべての事柄は、法的根拠に基づき、誰に対しても公平公正でなければなりません。

そのうえで、さまざまな人の背景を考慮するとなれば、莫大な知識と経験を備える必要があります。

私の携わっている分野だけをとっても、すべてを完璧に把握しようとすれば、明らかな質の低下が予想できるほど、広範かつ複雑です。

だからこそ、範囲を区切って、専門的な知識を習得するのです。

質の高いサービスを提供するためには、業務を細分化することが不可欠でした。

行政組織を内側から見たとき、新鮮だった発見があります。

“与えることがすべてではない。ときには、引くことが、その人の利益になることもある。”

今までの私に、この視点は微塵もありませんでした。

それとは逆に、もっと情報がほしい、どうして教えてくれなかったのだろう、そう思うことばかりでした。

そんな経験がありながらも、日々の業務で、お客さまに提供する情報をセーブするようになった私がいます。

職に就いて間もない頃は、善かれと思って、比較的、多くの情報を提供していました。

しかし、情報を与えすぎることで、不要の混乱を招いてしまうことがあるのです。

仕事をするうえで、その分野のプロであることが求められます。

公務員という全体の奉仕者である以上、特定の人に肩入れすることは許されません。

けれど、現行の制度や知識をフル活用して、目の前の人に力を尽くすことはできます。

融通が利かない、頭が固いと言われるのは、行政機関という性質上、仕方のないことです。

それでも、市民・県民・国民の生活や想いに、寄り添うことはできるはずです。

日々の業務に忙殺されるのではなく、血の通った姿勢を意識していれば、きっと伝わるのではないでしょうか。

行政機関を内と外、両側から見て、まず思ったのは、よい意味で私の期待を裏切ってくれた、ということです。

公務員は、充実した福利厚生や安定を求める人の集まりかと思いきや、そうではありませんでした。

かつての私が思い描いていた役所像よりも、ずっとずっと温かくて、活気のある場所だったのです。

地域の生活を支えたい!未来を守り・創りたい!という高い志をもった同期や先輩、上司の姿を見ていると、“役所も捨てたものじゃない”と心から思えました。

しかし、公務員という立場を離れ、ひとりの障害者としての視点へ立ち返ると、やはり現状に不満が残るのも事実です。

わずかばかりでもお役所事情を理解した今、これまでとは違うジレンマが生まれました。

間違いなく言えることは、行政と国民のミゾを埋める必要があるということです。

手続きをする国民、それを処理する行政、両者にとって負担の少ないカタチを見つけなければなりません。

そして、専門的な知識を備えた人がいるように、広く浅く、全体の知識をもった人も必要です。

病院で言うなら、総合診療科。

どこへ行ったらよいか分からない人の窓口が、行政にもあっていいように思います。

抜本的な解決策ではないけれど、ひとまず国民の不満解消には有効な方法かもしれません。

根深い問題であるだけに、答えを見つけることは容易ではないでしょう。

しばらくの間、現場で働きながら、引きつづき、行政を内側から見つめてみます。

イラスト:ふくいのりこ 


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