《100》 植物状態、もしも私だったら…
- 樋口彩夏
- 2016年1月18日
- 読了時間: 4分
更新日:2024年5月19日
植物状態――。外傷や病気による脳損傷で大脳の機能は失われているけれども、生命維持にかかる機能は残存、自発的な呼吸・循環・消化のある状態を指します。医学的には遷延性意識障害(せんえんせいいしきしょうがい)と言われ、自力では動けず、食べられず、意味のある言葉をしゃべれない、意思の疎通ができないなどの状態が3カ月以上続いた場合と定義されているようです。正確な統計はないものの、年間7,000人が発症し、全国では推計5万5千人もの方がいると言われています。
そんな植物状態について、考えさせられる出来事がありました。あるテレビ番組の話です。あらすじは、次のようなものでした。
主人公は30代半ばの女性。
後頭部に鈍器でられたような衝撃を受け、彼女は意識を失った。
目が覚めると、箱の中――――。
まるで棺桶のような狭い箱の中に閉じ込められていたのだった。
事態を飲み込めずにいる彼女。不可解な現象が次々と降りかかる・・・。
腕に激痛。目をやるとムカデが腕を這っていた。
必死で天井を叩いても、外からの反応はない。
足元には見覚えのない携帯電話。
警察に助けを求めても、助けは来なかった。
突然、動きだす箱。鳴り響く、パイプオルガン。
いったい、ここはどこなのか。
恋人が呼びかける声。けれども、それに応える彼女の声は、彼には届かなかった。
恐怖に怯え、泣き叫び、狂気を募らせていく・・・。
すると、目の前に光が差した。
蓋が開き、助かったと安堵したのは、束の間の夢。
やはり、彼女は箱の中にいた――――。
彼女は仕事中に脳幹出血で倒れ、植物状態に陥っていたのでした。その状態を〝箱〝に閉じ込められ苦悩する姿で表現したのです。箱の中に閉じ込められた彼女に起きた出来事は、わずかに残る意識の中で感じた外部からの影響を反映したものでした。
・頭部を殴られた衝撃 → 脳幹出血の痛み
・ムカデに刺された腕の激痛 → 注射の痛み
・箱が動き出した感覚 → ストレッチャーで運ばれたときの感覚
・パイプオルガンの音 → MRIの検査音
・主人公の名を呼ぶ声 → 病室にかけつけた恋人の呼び声
・箱から出られたとき目に受けた光 → 瞳孔の対光反射を確認するためのライトの光
大切な人が 植物状態 になってしまったとき、家族や近しい人たちは、わずかな望みにすがる思いで日々寄り添っています。きっと、そうなる前と変わらず、毎日話しかけたりするのでしょう。そして、当然、生命維持装置をつけるか否かの葛藤もあったはずです。どんな答えだとしても、当人を思って導き出したものだと思います。もしかしたら、時が経つに連れて、その答えが正しかったのかと迷いが生じることもあるかもしれません。また、植物状態における本人も、家族の思いに応えて懸命に生きているとも想像できます。
テレビでこれを見ていたとき、私は苦しくて見つづけることができませんでした。恐怖や 不安のあまり発狂する主人公の様子に恐怖すら感じたのです。このとき、私は思いました。これを見ている当事者は、どんな気持ちになるのだろうかと。大切な人がこの主人公のような状況に置かれているとしたら・・・。そう考えたら、いたたまれない気持ちになりました。
目を転じれば、植物状態からの回復の事例もあるようです。あるベルギー人の男性は、植物状態と診断されていた23年間、ずっと意識があったことが実証されています。回復を信じる母親が専門医を訪ね歩いたことによって判明しました。
植物状態の本人や家族、私がその立場に置かれたら、どんな答えを選択するのだろうと考えてみても、答えは浮かびませんでした。きっと、その時にならないと分からないのでしょう。みなさんは、どのように考えますか・・・?

イラスト・ふくいのりこ
<アピタル:彩夏の〝みんなに笑顔を〟>
http://www.asahi.com/apital/column/ayaka/ (アピタル・樋口彩夏)
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