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《119》小児がん対策に求めたいこと 基本法施行から10年

  • 樋口彩夏
  • 2017年8月28日
  • 読了時間: 6分

更新日:2024年5月18日

がん対策基本法が2007年に施行され、10年が経ちました。これまでに第1 期、第2期と見直され、これから第3期を迎えようとしています。今回の記事では、小児がんを罹患した自身の経験から、こ れからの 小児がん対策に何を求めたいかを、「完治した予後」の課題に絞って整理したいと思います。


がんは、大人だけではなく、子どももなる病気です。 小児がん患者は治療後の経過が成人に比べて長いことに加え、晩期合併症 (治療後、数年、数十年とたってから出てくる合併症)への対応や、患者の発育、教育に関する問題など、成人のがん患者とは異なる問題を抱えています。


成人がんと小児がん ともに共通している「晩期合併症」が、なぜ小児特有の問題になるかというと、それには理由があります。まず、治療によって何らかのダメージが加わるとき、成人よりも、成長の過程にある小児の身体の方が、より多くの悪影響が残ることは容易に想像できると思います。そして、治療後の人生が長い小児は、2次がんやさまざまな合併症のリスクにさらされる時間も必然的に長くなってしまうのです。成人でがん になった場合、数十年後に発症する晩期合併症が出るころには、すでに寿命を迎えている、ということも十分あり得るというわけです。



しかしながら、そのことは、あまり知られていません。 生存率 が7~8割まで向上したとされる小児がんですが、生かされているからこそ、向き合わなければならないのが 「晩期合併症」です。患者の日常に、一体どれほどの影響があるのでしょうか。私は14歳のとき、小児がんの一種であるユーイング肉腫(骨盤)を発症しました。1年半におよぶ入院治療では、化学療法、重粒子線治療、自家末梢血幹細胞移植を経験していま す。この経過でどれだけの合併症が発生するのか、私の場合を例に考えてみました。



14歳。「神経因性疼痛」と「両下肢の麻痺」は、腫瘍の位置的に避けられなかったものです。車いす生活を余儀なくされました。麻痺から派生する褥瘡(じょくそう)にも気をつけなければなりません。


15歳。「卵巣機能低下」では、治療前に卵子を凍結保存するかしないか選択する機会を与えてほしかったと、今になって思います。


17歳。ここからが「晩期」 合併症 です。

「排泄機能障害」によって自己排泄ができなくなったので、尿道にカテーテルを入れたり医療的なケアが必要になりました。失禁や尿路感染での突発的な入院など、精神的なダメージも大きかったように思います。うつ病になったのも、この頃でした。


25歳。「骨盤の病的骨折」。重粒子線を照射した骨は、骨が本来もっている硬さや柔 らかさ、再生する力が失われてしまいます。チョークのように硬くなりすぎた私の仙骨は、日常生活の負荷に耐えるのがやっとで、いとも簡単に折れてしまうのです。はじめての骨折は、照射後12年、一昨年の秋でした。整形のドクターも、折れやすいということ は知識として知っていたけれど、こんなに早いとは・・・と驚いていました。折れた骨がくっつくことはないので、すこしでも負荷を減らすことしか対策のしようがありません。 車いすをこぐ動作が負担になっているのだろうと、電動車いすに乗り換えました。


28歳。それでも、また折れてしまう。2度目の骨折は、今年の春でした。4ヶ月間のベッド上での安静を経て、ようやく座れるようになってきたところです。けれども、折れた場所は折れたまま・・・。このペースで骨折が続くようなら、いつかは来る寝たきり生活、不安は尽きません。


27歳。骨折と骨折の間では、「リンパ浮腫」を発症しました。重粒子線と大量の抗がん剤 でリンパ管もダメージを受けていたようです。



治療後14年。まだ人生の折り返し地点も迎えていない28歳の私が、これだけの合併症を抱えています。これから年を重ねると、普通の人以上に老いがこたえる身体であることは間違いありません。



小児がん 患者は幼い・成長過程の身体に過酷な治療を施すことによって、たくさんの後遺症や合併症と生涯にわたって向き合っていくのです。その身体で就学、就職、結 婚・出産などさまざまなライフイベントを迎えることを考えると、ライフステージに応じた長期的なサポートが必要不可欠だと言えます。



また、医療的な視点に限ると、このような問題も見えてきます。先述の合併症を、診てもらっている診療科に変換してみると、4つの病院にわたる10科にもなります。このすべてを把握し、各科とやりとりをしているのは私しかいません。最近、この現状に限界を感じてきました。


もし、このとき、今までの厳しい治療を知ってくれている小児科の先生が中心となってくれたら、各科のハブになってくれたら、どれほど心強いでしょうか。


例えば、こんなことがありました。昨年、リンパ浮腫の集中治療で入院していたときのことです。むくみによって、体重が10kg以上、増えてしまいました。リンパ浮腫の治療の一環で、足には弾性ストッキング、腕には圧迫スリーブを着用していましたが、圧迫が 強いだけに着用するのも一苦労です。その動作が、すこし腰の負担になっているな・・・ と思いながらも、相談できる人もいなかったので、むくみの治療が先決と、私は素人判断で見て見ぬ振りをしました。


しかし、その3ヶ月後、骨盤の骨が折れたのです。骨折の一因には、当然、むくみで体重が増えたことも影響しているでしょう。もしかしたら、圧迫着衣を着るときの負荷の積み重ねも響いていたのかもしれません。真実は分からないけれど、ここに医師が介在していたら、私の素人判断で行った「腰の負担の見て見ぬ振り」は回避できたのではないでしょうか。そうなれば、骨折のタイミングも変わっていた可能性は十分に考えられます。



小児がんの治療は、がんが治ったら終わりではありません。年を追うごとに増える晩期合併症をはじめ、身体の成長にともなう小児科 から成人科への移行、学校、会 社・・・etc、接点が増えるたびに複雑化していくのです。すこし前までは「学業や就労支援こそ大事」と思っていました。けれども、度重なる骨折やリンパ浮腫によって、日常生活や仕事がままならなくなり、「身体が資本」であることを再認識させられました。 「晩期合併症」をどう管理していくかが、最も根幹的な問題なのではないかと思うよう になりました。今の小児がん支援に欠けているのは、全体を把握し俯瞰する視点と、患者の人生を見るという長期的な視点、この2つなのではないでしょうか。患者の生活とリンクした医療・社会支援を提供することこそが重要であり、忘れてはならない観点なのだと、私は思います。


イラスト・ふくいのりこ 



<アピタル:彩夏の〝みんなに笑顔を〟>

http://www.asahi.com/apital/column/ayaka/ (アピタル・樋口彩夏)

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