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《101》 「よーらしとった」は「よく注意してた」? 医療の場で注意したい方言

  • 樋口彩夏
  • 2016年2月9日
  • 読了時間: 3分

日本では全国各地でさまざまな方言が使われています。標準語とかけ離れた言い回しや発音・アクセントのものも多く、日常生活の中で言葉が通じなかった経験のある方も多いのではないでしょうか。それが病院での診察や入院時だとしたら、言葉の食い違いから大変なことになってしまうかもしれません。

1月上旬、発病(小児がん)当初からの知人と会う機会がありました。母親と同世代のYさんとは年賀状のやりとりはあれども、12年ぶりの再会です。発病の当時中学生だった私も、今や26歳。「こんなに大きくなって--。えらかったね、頑張ったね。」と、当時と変わらない優しい笑顔で包んでくれました。

その言葉から、ふと思い出しました。入院初日、新入りの私が同室の方々に自己紹介として入院までの経緯を話していると、「えらかったね。えらかったね。」と相づちを打っている方がいました。それが香川県出身のYさんだったのですが、初対面な上、褒められるような話ではないし、どうして褒めてくれるのだろう? と、不思議に思ったことをよく覚えています。香川県では「えらい」が「大変」という意味で使われる方言だったのでした。

また、ある時、車いすユーザーの知人と主治医との間で、こんなやりとりがありました。彼が座骨部分の褥瘡(じょくそう=床ずれ)を悪化させて入院した時のことです。

 医師:「どうして、こんなにひどくなったの?」

 彼:「よーらしとったもん」

九州の方言が分からない医師は、知人のこの言葉を「よく気をつけていたにもかかわらず防げなかった」という意味だと解釈しました。しかし、「よーら」とは「適当、いい加減」という意味の方言なのです。よって、彼は、「日頃の注意が足りなかったから褥瘡が悪化した」という趣旨を伝えていたことになります。事実と正反対の意味で受け取られてしまったのでした。

次のような事例もあるようです。

"ここで津軽の周辺部にある整形外科での例を挙げたい。ある患者が「ボンノゴガラ ヘナガ イデ(ぼんのくぼ=うなじの中央のくぼんでいるところ=から背中にかけて痛い)」と訴えたところ,それを聞いた他地域出身の医師は「お盆の頃から背中が痛い」とカルテに書き込んだ。しかし,そばにいた津軽出身の看護師は事実の誤認に気が付き,患者のぼんのくぼあたりに手を当て,「ここが痛いんですね? 先生,ここらへんが痛いと言っています」と注意を促し,誤認をまぬがれたことがあったという。"

出典:今村かほる氏「方言をめぐる医療コミュニケーションの在り方」(週刊医学界新聞 第2926号 2011年04月25日)

https://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA02926_03#bun2

同じ日本語でも、これだけ違えば齟齬(そご)が生じるのも無理はありません。

こうした事案を経て、東北や高知・大分など、いくつかの地域では、方言による誤解を防ぐ工夫が生まれています。ズキズキやキリキリのように体調や気分を表す擬音(オノマトペ)をまとめた用語集や医療現場でよく使われる名詞や文例がデータベースとしてweb上に公開されるなど、現場で働く医療者だけでなく文学者と共同で作り上げられたものも見受けられました。また、弘前大学・医学部では、医療に関する津軽弁を解説した「医療用 津軽のことば」なる教科書もあるのだとか。

医療の真意は、患者の声に耳を傾けることにあると思います。それは一方通行的なものではなく、双方がお互いを理解できるよう歩み寄ってこそ成り立つのでしょう。よい患者、よい医療者であるためには、相手の立場に立った意思表示が大切なのだと思います。

イラスト:ふくいのりこ

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