《107》 車いす被災者の困難 震度5強を受けて考えたこと
- 樋口彩夏
- 2016年4月26日
- 読了時間: 6分
今回の熊本地震は、熊本県をはじめ、大分・福岡・佐賀県など広い範囲へ被害を及ぼしました。私の住む福岡県久留米市でも、大きな揺れが観測されました。
災害はどんな人にも等しく降りかかりますが、とりわけ災害弱者(注1)と言われる人たちの避難生活には大変な苦労が待ち受けています。車いすユーザーの私が今回の地震で直面した困難と、本格的に被災したときに起こり得る困難を想定してみたいと思います。
災害時もエレベーターで避難?
【避難】
――そもそも逃げられない
震度5強。本震が起こった16日の深夜、私はベッドで眠っていました。緊急地震速報のアラームで目は覚めたけれども、あの揺れの中で起き上がることなんて出来ません。私に限らず、下肢が麻痺(まひ)している人の多くは体幹の機能も弱っているので、不安定な状況下で車いすへ移乗するのは、とても難しいことなのです。
また、車いすに乗ったとしても"避難"が問題です。今回、マンションのエレベーターは約20時間止まったままでした。災害時の避難は階段の利用が鉄則ですが、歩けない私はどうすることも出来ません。家族などがおんぶや抱っこで抱えてくれたとしても、自室のある6階からの移動には危険が伴います。それに降りた先での移動を考えると、車いすも連れていかなければなりません。しかし、いざ、そういう状況で"車いすも一緒に"と悠長なことを言っていられるでしょうか。
もしかしたら、私は避難を諦めるかもしれません。だって、身体が不自由な私の避難に付き合ったがために家族も逃げ遅れた、なんて事態は絶対に嫌です。「私を置いて、逃げて!」、そう言うのだろうと思います。
まして、一人暮らしだったなら、その場に留まる以外、選択の余地はありません。
――避難所までたどり着けない!?
車いすで屋外へ避難したとして、がれきの中を移動できるのでしょうか。車いすのタイヤのパンクは避けられないだろうけれど、地盤がゆがんだ歪んだ道路を通るのは難しいような気がします。でも、車いすを自分でこげる人は、まだ頑張る余地が残されていると言えるでしょう。
自走不可の人は、お手上げですね。私は電動車いすなので、バッテリーが切れたら身動きがとれません。ライフラインさえ断絶される状況でバッテリーの充電なんて余裕はないと思います。
被災の入り口をすこし想像しただけでも、車いすユーザーの避難は絶望的に思えてきました。ここからは、避難所での生活で起こり得る困難を考えます。
【避難生活】
――トイレ
脊髄損傷や頸髄損傷で車いすの人は自然排泄が困難な場合が多く、医療的な手法を用いていることがあります。私の場合、排尿は尿道へのカテーテル挿入が必要なので清潔な環境が求められますが、そうも言っていられないので尿路感染のリスクが増大するでしょう。
排便も摘便などを行うためには手袋や潤滑油などの医療品が必要なので、どこかで入手しなければいけません。合わせて、平常時から「避難グッズ」として準備をしておく自助努力も必要だと思います。
――褥瘡(じょくそう=床ずれ)(注2)
睡眠時、避難所では硬い床での雑魚寝が想定されますが、確実に褥瘡ができると思います。普通の人の身体は脂肪や筋肉で守られているし、痛覚があるので、寝返りを打って無意識のうちに回避しています。しかし、下肢麻痺(まひ)者のお尻は脂肪や筋肉が少なく骨張っているので、一晩もすればあっという間に褥瘡です。
My車いすが被災した場合も注意が必要ですね。褥瘡を防止するための特殊なクッションを日常的に使っている人は、それがない状態で座ると途端に悪化してしまうのです。
――体温調節
脊髄の損傷レベルが高い人は自律神経にも障害があって、体温を調節することが難しいことがあります。冬であれば寒さをしのぎ、夏であれば熱を逃がすための工夫が必要です。
――薬
痛み止めや排泄管理など日常的に薬を飲んでいる人は、その入手先も考えなくてはいけません。切らしたら命に関わるような薬なら、なおさらです。日頃から予備を持っておく手もありますが、医療機関からの処方薬だと"多めに"というのも難しかったりするので現実的ではないでしょう。
――お風呂
自衛隊が仮設のお風呂を無料開放する、ということもあるようですが、移乗や構造の問題で入れない場合が多いそうです。3.11では、何週間もお風呂に入れない車いすユーザーもいたとのこと。排泄管理のために清潔さを保つ必要もあり、清拭(せいしき)でしのぐには限界がありそうです。
――心の問題
先日、「避難所で過ごす障害者の声」をとり上げた番組がNHKで放送されていました。その中で印象に残ったのは、「避難所に行くことを遠慮している」という声が多かったことです。その理由は「周囲に迷惑をかけてしまうのが申し訳ない」というものでした。上記で言えば、排泄問題がそれに当たります。見ず知らずの集団でプライバシーも確保されていない中、排泄行為をさらすということは、本人はもちろん周囲にとっても精神的に負担の大きいことでしょう。だれにでも起こる生理現象とは言え、"遠慮する"という心理も理解できるような気がします。
【まとめ】
災害時、車いすの人は、逃げ遅れ取り残されてしまうのが現実でしょう。東日本大震災において、障害者の死亡率が2倍だったという統計が、それを裏付けています。率直に言えば、私も含め、死を覚悟している障害者も多いはずです。
逃げ延びたとしても、避難生活には多くの困難が潜んでいます。避難所として指定されることの多い小学校は段差ばかり、入ることさえままならない環境です。福祉避難所という選択もあるけれど、あまり数も多くないようですし、体制の整備も不十分な印象を受けました。
それに、4人に1人が高齢者である日本の現状を鑑みると、障害者だけではなく、大勢の人が「配慮が必要な被災者」となるのは自明のこと。この状況が許されるわけがありません。もっと対策を講じるべきなのではないでしょうか。
今回の地震で実際に被災したわけではないので、上記は想像の域を脱しません。きっと計り知れない苦労があるのだと思います。被災した方の声が、今後の体制づくりに生かされることを切に願います。
(注1)災害弱者:災害時、自力での避難が通常の者より難しく、避難行動に支援を要する人々を指す。障害者、高齢者、妊婦、子供、外国人など。
(注2)褥瘡(床ずれ):皮膚に圧がかかり続けることによって血流が悪くなり、壊死すること。脂肪が薄く、骨張ったところ(座位では坐骨、仰向けでは仙骨部など)に多い。

イラスト:ふくいのりこ
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