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《72》 つらい「ペインコントロール」

  • 樋口彩夏
  • 2014年9月1日
  • 読了時間: 3分

座っているとき、腰にかかる負荷は、立位の約1.5倍と言われています。

健康な人でも長く座っていたら腰が痛くなるように、その負荷は大変なものです。

私は、発病以来、常に腰痛を抱えています。

ずっと車いすに座っていることも腰痛を助長していますが、病気による後遺症で骨盤の骨が弱く、座位による負荷に耐えられるだけの強度がないことが主な原因です。

ここ2週間ほど、腰の具合が思わしくありません。

20日からは絶不調。

心身ともに調子がわるく、座りつづけられる時間が、極端に短くなってしまいました。

30分もすれば、腰の熱感とともに、自然と眉間にしわが寄ってしまいます。

右仙腸関節あたりに、直径8センチメートル、質量の大きな球体が、熱をもってズシンと居座っているような感覚です。

忌まわしい鉛玉とでも言いましょうか……。

1時間も座っていたら、腫瘍のあった右側には、体重を乗せることすらできなくなる始末。

定期的に腰から体重を逃がすことをくり返しながら、痛み止めを増量したりして、だましだまし日常をこなす日々が続いています。

横になっていれば、少しは痛みが和らぎます。

でも、気休めにしかすぎません。

寝ていても、座っていても、四六時中、腰が痛い。

医師いわく、いつ折れてもおかしくない骨盤とのこと。

いっそのこと、粉々に壊してしまいたい、という衝動にかられます。

「痛い、痛い、痛い、痛い……。」

今は、それしか考えることができません。

思い返せば、小児がんを患ってから現在までの11年間、ずっと痛みに悩まされてきました。

疼痛管理は、軽い痛み止めから医療用麻薬、抗うつ薬の併用と、試行錯誤を経て、今の処方に落ち着いていたところです。

痛みがゼロになることはないけれど、かつてない安定を得ていた1年半でした。

理性を失うほどの痛みを忘れかけていただけに、今の状況は、結構こたえます。

久しぶりに、ネガティブな思いがわいてきました。

「どうして、こんなにつらい思いをしてまで、生きていなくてはならないのだろうか。」

こんなことを言うのは、懸命に生きている人に対しても、過去の自分に対しても失礼だというのは、理解しています。

けれども、ふと涙がこぼれてくるくらい痛みに支配されている私にとっては、そう思い詰めるほど、つらく苦しいことなのです。

がんの治療は、それなりにつらいものでした。

でも、それ以上につらかったのは、「思うように動けないこと」、「排泄管理」、そして何より「ペインコントロール」です。

今までの闘病経験から、ひとつ心に決めていることがあります。

「再発をしても治療はしない。延命治療もしない。」

がん治療の中で、QOL(生活の質)が軽視された治療計画に対して、子供ながらに疑問を抱いていました。

生死を前にした現場では、どうしても命を救うことに重きを置かれがちです。

確かに、命がなければ元も子もありません。

しかし、それだけに躍起になるのではなく、命が助かった先の人生にも同時に目を向けてほしいと願います。

“どんな状態でも、生きてさえいれば、幸せなのか?”

最後まで治療をすることが善と捉えられる傾向にありますが、私は、そうは思いません。

治療をするも良し、しないも良し、それぞれの選択があるはずです。

まわりの人にとって、それを尊重することは、時に勇気のいることかもしれないけれど、本人の意向が尊重されるべきだと思います。

あるいは、まわりの人のために生きる、という選択肢もあるかもしれません。

いずれにしても、生かされた私は、生きなきゃいけない。

一日でも早く、いや、数時間でも早く、痛みが許容範囲に落ち着き、心に平穏がもどってくることを願って、しばらく安静を心がけたいと思います。

イラスト:ふくいのりこ  

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